第43代横綱

吉葉山 潤之輔

 上野駅で他人と間違えられて高島部屋に連れてかれて相撲界に入ることになった。地力抜群で左四つ右上手のスケールの大きい相撲で、大関陣を総ナメすること4度。3場所連続殊勲賞の活躍で鏡里と同時に大関に昇進した。昭和26年9月場所12日目の東富士との対戦は同体となり、取り直しの一番は水入りの相撲。再開後の相撲が再び同体となると高熱と疲労の東富士は立つことができず、吉葉山の承諾もあって協会預かりとなった。歴史に残るこの死闘は戦後唯一の預かり勝負である。腰高が災いして横綱のチャンスを逃していたが、昭和29年1月場所、全勝で念願の初優勝を果たし横綱に昇進。このときの降りしきるボタン雪のなか行れたパレードは語り草となっている。横綱に昇進したが、急性腎臓炎で新横綱場所を全休。翌場所も左足首のけがで初日不戦敗で休場している。昭和33年1月場所に進退のかかった鏡里が3勝3敗となりマスコミが鏡里引退と騒いだ。同成績だった吉葉山は翌日・翌々日と連敗すると引退を発表した。美男横綱として人気を集めたが、在位17場所中皆勤9場所で優勝はなかった。21歳から25歳という伸び盛りの時期に召集されたのと脱臼や捻挫といった足の負傷が、悲運の横綱となった原因といえる。優勝1回。


年月成  績金 星
29. 315ややややややややややややややや
29. 514■やややややややややややややや
29. 911○○○○○○○○○□○●●●●
30. 1○○○○●○■ややややややややD朝 潮
30. 310○●○○■ややややややややややA時津山
30. 513●■ややややややややややややや@若前田
30. 9●○○○○○○●○●●○●●○@若ノ海
31. 1○●●●○○○○●●○○○○●A成 山 B信夫山 C栃 光
31. 311○●○○○○○○○●○○●●○A琴ヶ濱
31. 5●○●●○○○○○○●●●●○@若羽黒 B玉乃海 K大天龍
31. 912○●○○○○○●○○○○○○●G若羽黒
32. 110○●○○○○○●○○○●●●○A信夫山
32. 3○○●○●■やややややややややB若羽黒 D成 山
32. 5○○○●○●○●●●■ややややE栃 光 G北ノ洋
32. 9●●○○○○○●●●●○○○○
32.1111○○●○○○○○●●○○●○○B清水川
33. 1○●●●○○●●■ややややややA岩 風 B北ノ洋
109勝67敗79休、勝率.619、在位17場所配給20個